OLCはこの2024中期経営計画の中で、
「ゲストの体験価値を向上させながら、財務数値を回復させる」という方針を打ち出しています。具体的には「2030年までアテンダンスは(2024年の入園者は2600万人程度)増やさず、しかし営業利益は1000億円以上を確保する」ということが明確に謳われていますこの一見二律背反することが何を意味しているのか考えてみたいと思います。
OLCの2024中期経営計画
OLCグループは2022~2024年までの中期経営計画を発表しました。
ザーッと要約してみます。
この3年間は「新型コロナウイルス感染症流行による影響からの回復」と位置付けています。また、この計画を起点に「起こり得る変化に柔軟に対応できる体制の確立を図る」とともに「OLCグループが掲げる2030年に目指す姿を実現させる」とあります。
【 要約 】
- 目標
- ゲスト体験価値向上
- 一日当りの入園者数上限を2019年以前に引き下げることで、快適なテーマパーク環境を目指す。
- 多様化するニーズに柔軟に対応し、新たな体験価値を見出していただけるような新規施策を積極的に展開する。
- 財務数値の回復
拡大により、一段高い集客レベルへ引き上げ、連結決算数値目標(営業利益1000億円以上、営業キャッシュフロー過去最高、ROA8%以上)を達成する。
- 戦略
- テーマパーク体験の質の向上
- 一日当りの入園者数上限を2019年以前に引き下げることで、いつ訪れても快適なテーマパーク環境を目指します。
- 「ファンタジースプリングス」開業など、本計画期間中にスタートする新規コンテンツや、既存施設のリニューアル等テーマパークの魅力をさらに高めてまいります。
- 平準化を推進することにより、2024年度の入園者数は2600万人程度とします。
- 環境変化にも対応できる効率的なテーマパーク運営を確立します。
- ホテル事業戦略
本計画中に「東京ディズニーリゾート・トイストーリーホテル(2022年4月5日開業)」「ファンタジースプリングス内新規ホテル(2023年開業予定)
で計、6つに拡大。
- 人事戦略
- 新たな発想でゲストサービスの向上や業務改革を推進するために、従業員一人ひとりの働きがいを高め、個人と組織のパフォーマンスを最大化してまいります。
- 高い付加価値を提供し続けられる人員体制の構築、デジタル環境の整備など、従業員が働きやすい環境づくりにも取り組んでまいります。
- 投資戦略
および周辺環境の一新(2027年オープン予定)」をしてまいります。
- 新たな成長戦略として、TDR内外の新規領域への種まき、人的資本への投資を含むサステイナビリティに関わる取り組みもして行きます。
- 財務方針
このような感じですが、企業規模の違いはあれ、一般企業で行われている全社事業計画は、A3の用紙で4,50枚になり、各部門においては其々でさらに詳細の事業計画を持っています。ですから、この3年をもっと詳細に詰めた結果に出されたのがこのサマリーだと思います。この計画で明らかになっているのは「ゲストの体験価値を向上させながら、財務数値を回復させる」ということ、具体的には「2030年までアテンダンスは(2024年の入園者は2600万人程度)増やさず、しかし営業利益は1000億円以上を確保するということです。
このことは何を意味するのでしょうか?
一般的に、ゲストの体験価値を向上させるということは、アトラクションの導入など投資においても新たな手を打つ必要がありますし、サービスにおいても人手がかかるということになりますので、財務上、投資額が膨らみ、人件費が増大していくことになります。ということは通常、財務数値を回復する、1000億円を確保するには相当の努力が必要になるということになります。
オリエンタルランド社は本計画中(2024年まで)に2019年以前の数値に戻すと言っております。以前ということは何処を基準に考えて良いのか分からず、とても曖昧な言い方だと思います。2019年は1月1日~12月31日、会計年度でいうと2018年度と2019年度に跨ることになりますので、この中では、何時、何を指しているのか分かりませんが、私はとりあえず、2019年の持つ意味を考えてみました。
【 考察 】
2018年度(2018年4月1日~2019年3月31日)の決算と2019年度(2019年4月1日~2020年3月31日)を見てみましょう。
〈 テーマパーク部門 〉
2018年度(2018年4月1日~2019年3月31日)の決算、2018年度はコロナの影響を受けていない年度です。
- 売上高 4374億円(連結 5256億円)
- 営業利益 1072億円(連結 1,292億円)
- 年間入場者数 3256万人(一日平均 9万人)
- パーキャピタ 11,815円(チケット収入:5352円、
商品収入:4122円、
飲食販売収入:2341円)
それでは2019年度(2019年4月1日~2020年3月31日)はどうでしょうか。
2019年度は後半にコロナの影響(32日間休業)を受け、売上・営業利益・年間入場者数が大幅に落ち込んでいます。
- 売上高 3840億円(連結 4644億円)
- 営業利益 796 億円(連結 968億円)
- 年間入場者数 2901万人(一日平均 7万人)
- パーキャピタ 11,606円(チケット収入:5292円、
商品収入:3877円、
飲食販売収入:2437円)
2018年度と2019年度の決算数値を比較しますと、歴然としていることがあります。それは2019年度の決算数値を比較に使うことはないだろうということです。理由として、一般的には株主たちは配当金を期待して通常、右肩上がりの経営数値を求めるものです。ですから、明らかにコロナの影響を受け、売上・営業利益・年間入場者数が大幅に落ち込んでいる2019年度をベースに考えるとは思えないからです。
前述した中期経営計画の方針は「ゲストの体験価値を向上させながら、財務数値を回復させる」ということです。具体的には「2030年までアテンダンスは(2024年の入園者は2600万人程度)増やさず、しかし営業利益は1000億円以上を確保するということが明確に謳われています。予算数値は前述したように、前年をクリアし、さらにより良くしていくことが前提に組み立てられますので、売上・営業利益は落として考えることはことありえません。となると2018年度の実績数値以上を確保したいという思惑が見えてきます。営業利益を1000億円以上と言っていますが、できれば、2018年度に達成した「1072億円」は達成したいと考えているはずです。しかし、入場者数を2600万人に抑えて2018年度の「1072億円」の営業利益を確保するには、売上は2018年度のテーマパーク部門の売上、43470億円をまずクリアする必要があります。この4370億円の売り上げを確保するには、二つの方法が考えられます。一つは正攻法でパーク内から得られる収入「お客様一人当たりの売上高を上げて行く」、もう一つはパーク外から得られる収入「スポンサー収入他を上げる」ことです。
それでは2018年度の売上をこの二つに分けて考えてみましょう。
テーマパークの売上は「入場者数×パーキャピタ(お客様一人当たりの売上高)」で表されます。2018年度の入場者数は3256万人で過去最高でした。パーキャピタは11,815円これも過去最高でした(10年前の2012年度10,601円から毎年、少しずつ上げています)
〈テーマパーク売上〉 〈パーク内収入〉 〈パーク外収入)
437,400,000,000 ―(11,815×32,560,000)= 52,703,600,000
4374億円 3847億円 527億円
テーマパークの売上4374億円とありますが、純粋のパーク内でゲストが消費する売上3847億円を引くと、この527億円はパーク外から得られる収入になります。
パーク外から得られる収入の大きなものスポンサー収入です。これは相手先のこともあり、簡単に契約額を上げることはできません。となると、パーク内収入を増やすしかない、入場者数を3256万人ではなく2600万人に減らして売り上げを確保するにはパーキャピタを上げて行くしか方法がないのです。
ではどの位パーキャピタを上げれば222018年度の売上4374億円が確保できるのでしょうか。パーク外の収入は固定的に入ってくるものと考えますと
パーキャピタをxとすると、
x×26,000,000=384,696,400,000
x≒14,796
となります。
コロナ前の2018年度のパーキャピタが11,815ですから、実に25.2%のパーキャピタ増を見込まなければなりません。ですが、直近の2022年度の決算報告のパーキャピタを見てみますと、この2年で急激に上がっており、実にパーキャピタが14,834円になっています。要は直近のパーキャピタをベースに考えれば無理なくこの事業計画は達成できることになります。そして、コロナの影響が無くなれば確実に達成できると読んでの事業計画だと思います。さすがOLCです。ただ気になるのはこの急激なチケット価格・飲食価格・商品価格の値上げです。OLCは「体験価値を上げる」と言っていますが、クォリティを上げての値上げなら良いのですが、飲食・商品についてはそうは思えない状況が見受けられます。
改めて、パーキャピタの中身を見てみますと
【 パーキャピタ比較 】単位:円
2018年度 2021年度
パーキャピタ 11815 ↗ 14834(25.6%増)
(内訳)
チケット収入 5352 ↗ 7049(31.7%増)
商品収入 4122 ↗ 4548( 9.8%増)
飲食収入 2341 ↗ 3237(38.3%増)
この3年間で全てにおいて、単価を上げてきています。
このゲスト一人当たりの売上高の推移を見ますと、若干の増加を見込んでいましたが、あまり変わらず、2020年度から急激に増加しています。
OLCはコロナ禍でアテンダンスが大幅に落ち込んでもアトラクションの新規導入を果敢にしてきましたので、アトラクションの体験価値は確かに上がっているのでしょう。また国外を見てみますと、米国ディズニーではチケット価格がカリフォルニア・・・$104~164、フロリダ・・・$109~159と日本よりも大幅に高いのです。ですから、値上げしてもゲストが離れないと考えているのかもしれません。
これはこれで理屈は合っています。しかし、私は体験価値というのはアトラクションだけではないと思うのです。
一般的にゲストはアトラクションに何回乗れたか、お気にいりのライドに乗れたかで満足度を判断していますから、ですからコロナ下でも果敢にアトラクションを導入していたOLCの第一義的には理解できます。
しかし、体験価値はこれだけでしょうか。
ショーについてはどうでしょうか。以前ならダンサーの場面が変わる時に髪形を変え、コスチュームを変えていたと思われる個所をみても、同じものを使い回し、パレードでも同じフロートを使いまわし、商品ではイベントごとに変えていたショッピングバッグも両パーク共通に、飲食施設では各テーマに合わした料理、使われる食器もテーマに合わせて店ごとに違っていたのに今は細かいところのこだわりが薄れてきているように見えます。価格だけが上がり、ファーストフードのみならずレストランまでもがペーパー皿やカップに・・・
体験価値はアトクションだけではなくショー、パレード、商品、飲食全てものにあるはずです。ディズニーの世界はテーマに基づくストーリーで成り立っています。このストーリーに基づいてキャストたちは演じているのです。ウォルトはパークを大空の下の巨大なステージになぞらえ、働いている従業員はお客様を素敵なショーの世界に誘うキャストと名付けたのです。例えば、ブルーバイユーというレストラン(カリブの海賊で乗船した時に右手に見えてくるレストラン)ではミシシッピ川流域に住んでいる成功した貿易商が自宅の庭で夜、ガーデンパーティを開催しているという設定です。レストランに入ると庭には中国から輸入した提灯がぼんやりとした光を放ち、薄暗く、ゲストはこのガーデンパーティに招待されたお客様ですから、昼間でも「こんばんは!!」と挨拶されるのです。それだけではありません。
提供される料理はニューオリンズという場にこだわりケイジャン料理、クレオール料理です。当時の総料理長は本場ニューオリンズ迄行って、本場の料理を持ってきました。そんな経緯を知っている私には体験価値がアトラクションだけに限定され、テーマショーの世界を忘れてしまったように見えるのです。また、体験価値の中の最も大事なゲストとキャストのコミュニケーションの世界はどうなっているのでしょうか。ウォルトはコミュニケーションが大事なショーの一部と言ってきました。ですから挨拶も、TDL開業時、パーク外の飲食施設や商品施設では「いらっしゃいませ」が主体でしたが、パークの中では「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」というように変えました。「いらっしゃいませ」ですと、これで会話が途切れてしまいますが、朝晩の挨拶ならゲストと会話がし易くなるという理由です。飲食施設ではサンプルケースを極力置かず、料理の説明を口頭でするようにしています。何故でしょうか。料理の説明から質疑応答、そこから生まれるコミュニケーションから体験価値を高めるからです。こんなこだわりが全てにあるからディズニーなのです。以前のような触れ合いが少なくなり、比較したら怒られそうですが、他のテーマパークと変わらないという声も聞こえてくるようになりました。これは残念です。パーキャピタを上げるのであれば、トータルの体験価値をもっともっと上げて行くことに注力を払うべきだと思います。
パークは永遠に未完成!!
これからも成長し続けて欲しいです。.