東日本大震災の時のTDRの対応

 

 東日本大震災は起きてからもう10年経ちますので、記憶が薄れている方も多くいらっしゃるかもしれませんので、当時の私の記録と記憶から・・・。

 

 私が在籍していた(株)オリエンタルランド(以下OLC)は1960年に設立され、埋め立て屋そして不動産管理会社でした。私がOLCに入社した当時、知人の中には「お前何であんな会社に行ったんだ。あそこは土地転がし、遊園地なんか、すぐに潰して宅地造成して儲けようとしている・・・」と言われる始末。パークをオープンしてからもOLCなんて誰も知りませんから、名刺を差し出した後必ずといって良いほど、怪訝そうな顔をされ、慌てて「東京ディズニーランドを経営している」と付け加えたものです。それが今では日本のサービス業、テーマパークといえば、必ずといって良いほどオリエンタルランド東京ディズニーリゾートが出てきます。嬉しいことです。

 

 今回の新型コロナウイルスの政府の対応を考えた時に、東京ディズニーリゾート(以下TDR)の東日本大震災の時のディズニーの対応が参考になる部分もありますので、少しお話をさせてください。

 ディズニーでは安全がすべてに優先するという考えが徹底しています。それは入社時の役員から準社員に至るまで受けるオリエンテーションで、ディズニーフィロソフィーと4つの行動指針を学ぶからです。ここでは本題と関係ないのでフィロソフィーは省きますが、4つの行動指針については簡単に触れたいと思います。

 

【 S・C・S・E(行動指針) 】

  1. Safety(セーフティ)・・・安全性、
  2. Courtesy(コーテシー)礼儀正しさ、
  3. Show(ショー)・・・ショー
  4. Efficiency(エフィシェンシー)・・・効率」

 

頭文字をとってキャストはS・C・S・Eと言っています。この4つには優先順位があり、大事なことから順に並んでいて、まず何よりも大事なのはS(安全性)、2番目に大事なのがC(礼儀正しさ)、次にS(ショー)、最後がE(効率)です。安全無くしてパークはありえないという考えなのです。このS・C・S・Eは入社してからも折に触れ、先輩社員や上司によって受け継がれ、ゲスト対応のベースになっています。よく、パークで働いているキャストの対応が素晴らしいと言われたりしますが、特別なことはしていません。確かにパークには沢山のマニュアルが存在しますが、マニュアル通りのサービスには限界があります。文章化するマニュアルはどうしても「標準的な、平均的な」ことしか書くことができません。お客様一人一人に合わせた、思い出に残るようなサービスをするにはマニュアルを超えたサービスをする必要があります。そのためにこの行動指針があるのです。セーフティでいいますと、風の強い日には飛ばされないようにパラソルを閉め、雨で水たまりができるような時はゲストが滑って転ばないようにスウィーパーで水を掃き、夜中にはナイトカストーディアルが、赤ちゃんがハイハイしても大丈夫なように床面を洗い清めています。

安全が全てに優先されるという考え方が日常の教育の中で実践されているのです。

 

 TDL建設が決まった時、地震の多い日本という国の特殊性を考えて、当時の技術の粋を集めて地盤改良工事を行っています。これはセーフティの観点から当然のことなのです。私が聞いている限りではパーク内はサンドコンパイルという工法で、地下深くまで掘り下げ、地盤を安定させています。ですから、大きな地震があった時は。パーク外に飛び出すよりもパークの中にいた方が安全なのです。想像してみてください。もし、シンデレラキャッスルが倒壊し、あの尖塔が崩れ落ちていたら、イメージダウンも甚だしいですよね。 ただ、当時はお金の制約もあり、駐車場については地盤改良されていませんので、液状化現象が起きるであろうことは開園当初からわかっていました。そうそう、確認はしていませんが、この2020年4月15日にオープン予定だった「美女と野獣のエリア」はパークを駐車場側に拡張していますので、勿論、地盤改良をしたのでしょう。

 

それでは、東日本大震災の時の東京ディズニーリゾート(以下TDR)の対応はどうだったのでしょうか?

 

 当時パーク内にいた知人のキャストにその時の周辺の状況はどうかも聞いてみましたが、思った通り、TDLの一部の駐車場で液状化現象が発生、舞浜駅においては陥没したところも見られ、浦安全体では、かなりの地域で液状化現象が発生、市原の製油所では火災からタンクが爆発、といった状況で、信じられない悲惨な状況だと語っています。

そのような中でのパーク内の対応はこうでした。「一時的に混乱したもののキャスト全員が平静を取り戻し、余震が続く中ゲストの安全確保のための誘導に当たり、ゲスト、キャスト共に怪我人はゼロ、施設に若干の損傷が見られたものの、ダメージは殆どなかった」と言っています。

 また、当日、約7万人のゲストがこのTDRにいたようですが、地震発生時は約4.7万人の滞留者、安全のため園内に留まり、翌日帰宅した方たちが約2万人でした。園内で泊まることを余儀なくされたゲストはキャストたちの対応をどの様に見ていたのでしょうか。 これはTDLにいたゲストの声です。

「3時少し前、お土産を買おうと店に入った瞬間に、激しい揺れを感じすぐに外に出たら、人が押し寄せてきて、一時パニック状態になりかけた。近くにいたキャストが「落ち着いて座ってください。皆さん、協力お願いします。」と呼びかけてくれたおかげで皆落ち着きを取り戻し、身を寄せ合って座った。そして「ご迷惑をおかけします。皆さん、ここで待機をお願いします」、安全確認のために中に入れず、外で寒さに震えながら耐えていたら段ボール、買い物用の大きなビニール袋、カイロを配布してくれ、子供にはタオルを配布していた。21時ごろ安全確認が終わり、建物に入ることができ、夜になり寒さが厳しくなってくると簡易断熱シートが配られた。そして売り物のお菓子、ポップコーン、も配布され、温かいお茶、乾物の入ったご飯も「愛情はたっぷりこもっていますから…」とキャストの笑顔と共に渡してくれた。ホワイトボードの簡易掲示板が用意され、外の情報を掴むこともできた。なによりも「何かあったら、声をかけてくださいね」「外の交通は麻痺していますが、ディズニーなら安全です」キャストのやさしさとこの言葉を信じ、無事朝を迎えることが出来た。朝5時ごろ、パンとコーンポタージュが出され、公衆電話も飲み物も無料で、大変ありがたかった。7時か8時ころにはもう一度朝食を、そして昼食も用意してくれた。私には貴重で忘れられない思い出になった。」 

 これと同様の意見が数多く掲載されていました。中にはキャストに対して「情報が遅い、食べ物をどうにかしろ、お菓子ではなくご飯を出せ、」とか言うゲストもいたようですが、ディズニーもあんなに頑張って対応しているのに、あのゲストの方が我儘だとキャスト側に立つ好意的な意見が圧倒的に載せられています。

 

それでは、何故このような対応が取れたのでしょうか?

それは、パークがオープンして8,9年経ったころ、1992年ごろだったと思います。

OLCでは既に、地震、台風、食中毒等の不測の災害に備えるための「非常事態措置マニュアル」を作成していたのです。調べてみますと1992年に政府が「南関東直下の地震対策に関する大綱」を制定していましたので、その情報を知ったOLCでは万が一を想定し、他社に先駆け作成したのだと思います。

 また、この大震災の前、2009年には経済産業省総合資源エネルギー調査会は「想定とは比べ物にならない地震が起きる」と活断層地震研究センター長が指摘をしていますが、当時の東電の担当者は「研究的な課題としてとらえるべきだ」と一蹴したとも聞いています。その指摘をきちんと受け入れていたら、あの悲惨な福島の原発事故は防げていたのかもしれません。私は日本のお役人はさすがにレベルの高い仕事をしていると感心すると同時に、それが何故生かされず、後手に回ってしまうのか、「原子力は安全なんだ!!」という政治の思惑(政治による神話作り)がそうさせたなら、ぞっとします。その後、OLCでは阪神淡路大震災もあり、マニュアルは何度も加筆、修正されています。他にも台風、雷、停電のマニュアルもあります。地震にも強弱がありますので、それによりまずは「ECC(エマージェンシー・コントロール・センター)」、最終的には「対策統括本部」が設置され、各本部、部から代表者が出席し、適宜必要に応じて会議が開かれ、対策を講じていくのです。当時のフード本部で言えば、地震でゲストをパークに泊める時にはどの位の食料の備蓄が必要なのか、火が使え調理が出来る時、火を使えなくなった時はどうなるのか何度もシュミレーションし、対応策を練っているのです。

この日は多分火を使えたのでしょう。ですから朝食、昼食まで出せたのだと思います。またこの作業をしているキャストたちは勿論、殆どがパート、アルバイトの準社員です。彼らが夜を徹して、ゲストのために、できる限り素敵な思い出を持って帰って欲しいと行動したのは或る意味感動的でもあります。聞いてみますと寝ずに、ひたすらおにぎりを何百個も握り続けたキャスト、キッチンで徹夜したコックさん、何せ2万人のゲストの夜、朝、昼、間食まで提供したのですから、大変なことです。

 

 東日本大震災時の東京ディズニーリゾート(以下TDR)の対応は「安全は全てに優先されるというディズニーフィロソフィーの徹底」と「非常事態措置マニュアル」に見られる周到な事前準備、それも最悪の事態を想定してのマニュアル創りが良い結果を生み出したと私は思うのです。さらには、日常の防災訓練での意識づけと経験、防災訓練は私がいた時よりも充実、実際にキャストの家族にも参加してもらい実施していると聞きます。回数も年間180回、各エリア、ロケーションでしているそうで、2日に1度は何処かで防災訓練をしている計算になります。

「安全は全てに優先される」、日常の意識づけ、行動が大事だと思います。

 

私の周りにはこの緊急事態宣言が解除されたら「一番に、ディズニーに行く!!」と言って憚らない人が何人もいます。これも嬉しいことです。

 

令和2年6月6日